ありがとう!新潮文庫の100冊!ーーヴァージニア・ウルフ『灯台へ』を読んで

名前だけは、ずっと昔ら知っていた。娘が小さい頃通っていた公立の図書館の神谷美恵子さんの著作集の中に、『ヴァージニア・ウルフ研究』という巻があったから。でも、自分には縁のない作家に違いないと勝手に思っていたので、というか肝心のヴァージニア・ウルフの小説自体が当時は文庫本で簡単に読めるものでもなかったから、大好きな神谷美恵子さんの著作と言えども、あの巻だけは、手に取ることさえなかった。

それが、なんと今年の夏休みに最愛の息子と本屋に行って、「そろそろ新潮文庫の100冊とかの冊子でてるかねえ」などと物色していたら、その冊子に、ヴァージニア・ウルフの「灯台へ」という小説が載っていたのである。なんと、文庫本で、しかも新潮文庫の100冊ということはおまけのしおりももらえるという特典付きで読めるのか!そう思った私は、早速、新潮文庫の売り場に行って探したが、見つからない。あきらめて帰ろうとしたら、息子が、「新潮文庫の100冊のコーナーにあったよ!」と見つけてくれ、無事に入手できたのだった。この夏、ずっと、カバンに入れて、少しずつ、少しずつ、読んだ。ちょうど、1年くらい前に平野明さんのHOW TO WRITEという、とても素敵な、小さな本を、ずっとカバンに入れて、少しずつ楽しみに読んでいたときのように、一気には読めないけれど、少しずつ読むのが、とても楽しい、素敵な読書経験だった。そして夏の終わり、9月の1日に、とうとう読み終わったのだった。感銘を受けた箇所も、きっと今の自分はすぐに忘れてしまうと思うので、ここに、未来の自分のために、引用しておきたい。そして、それをもしどこかでだれかが読んでくださって、『灯台へ』って、おもしろそう、自分に合うかも、と思って、いつかどこかで手に取ってくださったら、などと厚かましいことも、少しだけ期待している。

以下、ヴァージニア・ウルフ『灯台へ』鴻巣友季子 訳、新潮文庫よりの引用です。

「ええ、忘れるものですか。ラムジー夫人はジェイムズの切り抜いた冷蔵庫、芝刈り機、夜会服を着た紳士の挿絵をひとつにしながら、また思った。子どもというのは、決して忘れない。だからこそ、人の言うことなすことにはいちいち気をつけなくてはいけないし、子どもたちが寝つくとようやく人心地つけるのだ。子どもが寝た後ばかりは、だれの心配をする必要もない。本来の自分でいられる。独りになれる。いまの自分に必要なのは、それなんだと思う。ーー考えること。いえ、考えるとまでは言わない。せめて黙って静かにすごしたい。独りでいたい。ふだん人といっしょにいると、ついあれこれに手を出し、うわべを飾り立て、とかくおじゃべりが多くなるものだけど、独りになったらそういうあり方や行動はいっさい消えて、人はおごそかな気持ちにうたれて小さくなり、自分自身にもどる。自分というのは、くさび形をした闇の芯みたいな、他人には見えないものだ。夫人は編み物をつづけ、あいかわらず背筋をピンと伸ばしていた。こういう姿勢の方がくつろげるのだった。この、いろいろな付属物を捨て去った後の自分というのは、摩訶不思議な冒険も自由自在だ。日常生活というものがいっとき眼のまえから消えると、経験の可能性までが無限に広がる気がする。力がいくらでも湧いてくるこの感覚は、だれしも日々覚えるものでしょう。人形をした幻を見て周囲はそれを当人と思うだろうけど、そんなものは子ども騙しにすぎないんだと感じているのは、この自分だけではなく、きっとリリーもオーガスタス・カーマイケルさんもそう思って居るに違いない。幻影をひと皮むけば、そこは真っ暗な闇がどこまでも広がる、底知れぬ深淵。・・・この闇の芯は人には見えないのだから、どこへでも行けるのよ。だれにも止められない。夫人はそう思ってちょっと得意になる。・・」113-114頁

 

「まるでなにかに呼ばれたかのように、リリーはあわててカンバスに向き直った。まぎれもなくここにあるーー自分の絵が。そう、緑や青をふんだんに使い、ラインを縦横に描きこみ、なにかを表現しようとしているものが。屋根裏部屋に掛けられる絵かもしれない。焼かれてしまうかもしれない。でもそれがなんだというのだろう?リリーはふたたび絵筆をとりながら自問した。・・・そのとき不意に、一瞬そこになにかをはっきりと見て取ったかのような力強い筆さばきで、リリーは一本のラインを絵の中央にひいた。さあ、これでできた。ようやく終わった。疲れ切って絵筆を置きながら思う。ええ、わたしは自分のヴィジョンをつかんだわ。」(374-5頁)

 

ラムジー夫人は、8人の子供を育てる聡明で愛情深い女性で、彼女の夫の大学教授はエキセントリックだが真面目な人物である。リリーはラムジー夫人の知り合いの年下の独身女性で、絵を描くことを彼女の一生の課題としている。ラムジー夫人は超美人だが、まったくそれを鼻にかけることもない。リリーは、どちらかといえば、不美人だが、容姿よりもひたすら自分の絵のあるべきの構図ほうが気にかかるような、自分独自の軸をもった女性である。でもどちらも、そうした外面的なものを取り去れば、その精神において、作家の分身のような気がした。

まったくキリスト教的な本ではないけれど、読んでいると、決して人を決めつけないように、その人の態度に嫌悪感を覚えたとしても、それでもなお相手の立場を理解し、相手のよいところを努めて発見しようとする、そうした二人のヒロインの精神の態度のなかに、人間の低きに流れがちな傾向性に対するブレーキのように、聖書の言葉が響いているような、そんな感じがした。この小説は、聖書になんて、まったく、触れていないのに。単なる、気のせいかもしれないけれど、ついでに、私の心に浮かんだ聖書の一節を、自分の備忘のために、記しておきたい。

 

「人を裁くな。そうすれば、あなたがたも裁かれることがない。人を罪びとだと決めるな。そうすれば、あながたがも罪びとだと決められることがない。赦しなさい。そうすれば、あなたがたも赦される。与えなさい、そうすれば、あなたがたも与えらえる。押し入れ、揺すり入れ、あふれるほどに量りをよくして、ふところに入れてもらえる。あなたがたは自分の量る秤で量り返されるからである。」ルカ、6,37-38

 

なにはともあれ、ありがとう、新潮文庫の100冊!今年、この本を選んでくれて。私の御年60歳の夏が往く。この本の世界と共に過ごした夏が。こんな年になって初めて、ヴァージニア・ウルフの小説を読めた。まだまだ、この世界には、自分の知らない、素晴らしいものが、たくさんあるのだ、と感じさせてもらえた。ほんとうに、ありがとう。

 

 

 

シニアの中古住宅探し

一年前、ブログに、もうすぐ定年の夫と二人、東京から少し離れた神奈川県のH市での

お家探しのことを記事に書きました。その後、ずっと、H市やその周辺でお家探しを続け、ようやくに、もうすぐお家の購入、というところまでこぎつけました。

 O市の、大雄山線の最寄りの駅から歩いて30分の場所にある、築41年のおうちです。インスペクションの結果、傾きが1000分の6.6だったりとか、基礎にひびがはいっていたりとか、いろいろ不安はありますが、探しているこの一年のうちでこのあたりの中古のおうちさんも、どんどん駅から遠く、値段は高く、築年数は古い物件ばかりになってきて、これ以上待っても、今よりもよい物件が出てくるのかどうか、わからなくなってきたので、ついに夫婦で相談し、購入申し込みをさせていただきました。司法書士さんの書類づくりが終わったら、いよいよ、正式の購入と登記移転ということになります。今は亡き素敵なご夫婦が、自分たちの夢を込めて建てた、お二人の大好きなおうちだったのだと、そのご夫婦の娘さんである売主さんから、お伺いしました。ご夫婦が念願のおうちを建てたのは、娘さんが高校生のころだったそうで、娘さんも、私たち夫婦よりはずっと元気でお若いものの、数年くらいの違いの世代なのかな、とおもったりしています。

これまで愛されてきたおうちさんに、あと10年でも、20年でも、新たな住人として、

お世話になれたらとおもっています。お父さんは、季節の庭木を植えた緑の庭が、お母さんは、窓の大きな明るいおうちが、それぞれ大好きだったのだと、娘さんがおっしゃっていました。私たちはすでに60歳のシニア夫婦で、いつまでもは無理ですけれど、できるだけ長く大切に、緑の庭のある、白い素敵なお家さんと、暮らしてゆきたいです。おうちさん、どうか、よろしく。

永井隆『長崎の鐘』を再読して

先日、荒木慎一郎先生の訳したエディット・シュタイン『自由と恩寵』をK先生からいただき、その付録の「エディット・シュタインの生涯」という荒木先生の文章の最後に、エディット・シュタインがアウシュビッツのガス室で帰天されたのは、1942年の8月9日であり、「8月9日、ユダヤの民のためにキリストの十字架を担うという願いは成就し、エディット・シュタインは多くのユダヤ人同胞とともにアウシュヴィッツのガス室で殺された。8月9日、長崎への原爆投下の日でもあるこの日、わたしたちは十字架に祝されたテレジア、エディット・シュタインに思いを馳せながら、第二次大戦のもう一つの惨劇、原爆投下の犠牲者を偲び、世界の平和を祈ることができるのである」(エディット・ シュタイン『自由と恩寵』荒木慎一郎訳、聖母の騎士社、151頁)とあったことから、、ふと思い立って、家にあって、以前に読んだ永井隆著『長崎の鐘』(サンパウロ)を手に取って読み始めたら、止まらなくなって、とうとう最後まで再読してしまいました。自分は中学三年から高校三年まで広島に住んていて、そこで平和教育を受けたり、平和を祈る活動に参加したりしていたために、原爆というと、どちらかというとこれまで8月6日と、原爆ドームのイメージが強かったのでしたが、あらためて長崎への原爆投下に思いを馳せる機会となりました。昨年秋までパートしていた介護施設で自分が入居者様のために持参した懐メロCDのなかに、「長崎の鐘」という曲が入っていて、皿洗いなどの雑用をしながらパート中に幾度も聴いたことで、この本が映画化されたり、歌になったりと、戦後の原子爆弾の被害に対する認識を広げるのに、予想以上に大きな影響力を持っていたことを感じていたことも、再読してみたおとおもった背景には、あったような気がします。

あらためて読んで感じたことを、忘れないうちに、三つ、書いておきたいと思います。

① 著者の永井隆博士は、原子物理学に専門的な知識があり、被爆当時も医科大学の放射線科部長として働いておられた方なので、、医者の目、科学者の目で原爆の投下による被害というものがいったいどういう事態なのかを記録してかなければ、という使命感をもって書いておられる、ということです。前回読んだときには、あまり気がつかなかったのですが、真理を求める科学者としての目からの記述や考察が、当事者としての生々しい体験の記述と併存していて、被害を客観的に捉え、考察し、後世に伝えなければという意図が、今回は、再読のためでしょうか、より強く印象に残りました。この書物が欧米数か国語に訳されて、反響を呼んだのは、幾分かは、もしかしたら、この点によるのかもしれないと、おもいました。

② ふたつめは、それを読む自分の態度についての発見なのですが、今回は、その記録を、もしかしたら自分もいつか被ばくするかもしれないから参考にしようという気持ちで引き込まれて読んでいた、ということです。以前は、こんな怖いことが将来、誰にも決して起こらないように、9条を大切にし、ちゃんと平和運動をし、平和を祈らなければならない、という気持ちで読んでいたけれど、今は、自分の中に、いつまた戦争に巻き込まれてしまうかわからない危機感があるためか、いざと言う時の備えのために、また、いざというときの覚悟を決めるために読んでいる自分がいたのでした。校舎内で被爆し、四方八方から迫る火に囲まれた方が、床の板が緩んでいることを発見して床板をはがしてなんとか下に落ちで、九死に一生を得た話などは、特に真剣に読んでしまっていました。

③ 三つめは、永井博士が、カトリックの信徒として、この原爆投下の意味について、深く思索していたことに、今回、初めて、気がつけた、ということです。御著書の最後に、永井博士が、「後日の浦上天主堂の合同葬に信者代表として読みたいと思っている」弔辞を、「復員したら最愛の妻と5人の子供の黒い骨が散らばっていた」という市太郎さんが訪ねて来たときに一足先に読ませてさしあげた場面があります。市太郎さんは、「わしゃ、もう生きる楽しみはなか」「・・誰にあってもこういうですたい。原子爆弾は天罰。殺された者は悪者だった。生き残った者は神様からの特別のお恵みをいただいたんだと。それじゃ私の家内と子供は悪者でしたか」(永井隆『長崎の鐘』サンパウロ143頁)と、同じく原爆で奥様を亡くされた永井博士に話します。弔辞の中で、永井博士は、心ない当時の世間の物言いに対して、「汚れなき煙と燃えて天国に昇りゆき給いし主任司祭をはじめ八千の霊魂!誰を思い出しても善い人ばかり」(同書146頁)と言い切っています。その弔辞の文章には、エディット・シュタインにも通じる、キリストの十字架への信仰と深い宗教的な思索が盛られていたのを、前に読んだときには、まったく見おとしていたことに、今回は気づきました。市太郎さんは、永井博士の弔辞を読み終わって目をつむり、しばらくして、「やっぱり家内と子供は地獄へはいかなかったにちがいない」とつぶやきます。そして、生き残った自分たちは「天国の落第生」だという永井博士の答えに、「天国の落第生、なるほど」と言って、「二人は声をそろえて大きく笑った」と書かれています。博士の書いた弔辞には、信仰をもって、どのようにこの世界の不条理に向き合いうるのか、ということへの、ぎりぎりのところでの思索と回答があるのだと、感じました。ヨハネ・パウロ二世の言葉にあるように、「戦争は人間の仕業」であり、人間に存在とともに自由を与えてくださった神が責められるのはおかしいのであって、与えられた存在と自由とで、どのようにより善い世界を築くかということが私たちに課せられている課題だということは確かな事だと自分も心から思うのですが、同時に、そうした人間のつくった兵器によって、あるいは、自然災害よって、罪なく苦しみ、死んでゆくひとと、愛する人を失いながら、生き残り、生きていかなければならない人とが存在すること、そのとき、その生き残た当事者の「なぜ」への実存的な問いは、十字架にかけられて死に、葬られ、そして復活し、天にあげられたイエス、共に人間の苦しみを担ってくださるイエスについての黙想のなかで、慰めと、答えとを、はじめて与えらえれるような種類のものではないでしょうか。先述のエディット・シュタインは、ドイツ人であるとともにユダヤ人である自分が、ドイツ人が犯しつつある巨大な罪に直面して、それを贖い「ユダヤの民のためにキリストの十字架を担う」という願いを抱いていたと言われています。カントが言うように、理性的に考えるなら、誰かが他者の罪をかわりに担うということは納得できないことだとおもいます。キリストがあえて、何の罪もないのに十字架にかけられて私たちのために死んでくださったということ、そのことの意味は、人間の理性では理解できないものであるのは確かだけれども、それでも少なくとも、誰かが、巨大な憎しみや破壊に対して、それに対する憎しみや憤りを持た「ない」、憎み返さ「ない」、という仕方で、それらの自分に向けられた悪を自分の地上での肉体の死とともに無化し消滅させてしまうことができるのだと考えることは、できるのではないでしょうか。悪の連鎖が、そこで、消えるからです。そして、永井博士ご自身もそのひとりであるところの浦上の原爆の犠牲者の方たちが自分たちに向けられた原子爆弾という巨大な憎しみと暴力の力に対して、なんら憎み返さず、それらを身に受けてこの地上のいのちを失って天に帰られたとするならば、いや、実際、そうであったからこそ、巨大な戦争という名の悪の終結と平和な日本の創設という出来事が、霊の次元において、生起しえるようになったといえるのではないでしょうか、永井博士のいう「燔祭」とは、そういうふうにして人間の罪や憎しみを無化し、浄化しつつ逝った方たちの働きを指しての言葉だったのではないでしょうか。ついつい、勝手な解釈を書いてしまって、ごめんなさい。

最後に、永井博士の最終章「原子野の鐘」から、永井博士がこの書でもっとも伝えたかったであろう言葉を、引用しておきます。

「人類よ、戦争を計画してくれるな。原子爆弾というものがあるゆえに、戦争は人類の自殺行為にしかならないのだ。原子野に泣く浦上人は世界に向かって叫ぶ。戦争をやめよ。ただ愛の掟に従って相互に協商せよ。浦上人は灰の中に伏して 神に祈る。ねがわくば、この浦上をして世界最後の原子野たらしめたまえと。鐘はまだ鳴っている。『原罪なくして宿りたまいし聖マリアよ、御身により頼み奉るわれらのために祈りたまえ」・・」(同書158頁)

 

明日は、長崎の原爆記念日です。どうか、主よ、この世界に平和を与えたまえ。

最後に、「ファティマの祈」りを、引用します。どうか今日も、平和な善い日になりますように!

 

「主イエス・キリスト、

わたしたちの罪をゆるしてください。

わたしたちを滅びから救い、

すべての人々、

ことにおんあわれみをもっとも必要としている人々を天国に導いてください。

アーメン」

 

 

宇沢弘文著『社会的共通資本』を読んで

うちの主人は、大学生の頃から宇沢弘文先生という経済学者を大変尊敬していました。もともと数学科の出身の、天才的なすごい経済学者だということだったので、自分なんかが読んでもわからないような、数式いっぱいの経済学の本しか書いてないだろうと思い込んでいたのでこれまで一度も読もうと思ったことすらなかったのですが、先日、『社会的共通資本』という題名に惹かれて、岩波新書の宇沢先生の本を購入し、(さすがに岩波新書向けに書かれただけあって数式はなくて)、無事に読み終えました。それどころか、感動して沢山線をひきながら読んだのですが、自分はきっとすぐに忘れてしまうので、以下、いつものように、備忘のために、そして、このブログを縁あってお読みくださる方にとって、なにかのお役に立つことをも願いつつ、今の世界にとって、大切だなあ、とおもったところを抜き書きしておきます。

 

「社会的共通資本は、一つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的にに魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置を意味する。社会的共通資本は、一人一人の人間的尊厳を守り、魂の自立を支え、市民の基本的権利を最大限に維持するために、不可欠な役割を果たすものである。社会的共通資本は、たとえ私有ないしは私的管理が認められているような希少資源から構成されていたとしても、社会全体にとって共通の財産として、社会的な基準にしたがって管理・運営される。・・・その具体的な構成は先験的あるいは倫理的基準にしたがって決められるものではなく、あくまでも、それぞれの国ないし地域の自然的、歴史的、文化的、社会的、経済的、技術的諸要因に依存して、政治的なプロセスを経て機縁られる者である。」(宇沢弘文『社会的共通資本』岩波新書、4頁)

 

「社会的共通資本は言い換えれば、分権的市場経済制度が円滑に機能し、実質的所得分配が安定的となるような制度的諸条件であるといってもよい。それは、アメリカの生んだ偉大な経済学者ソースティン・ヴェブレンが唱えた制度主義の考え方を具体的な形に表現したものである。ヴェブレンの制度主義の思想的根拠は、これもまたアメリカの生んだ偉大な哲学者ジョン・デューイのリベラリズムの思想にある。したがって、社会共通資本はけっして国家の統治機構の一部として官僚的に管理されたり、また利潤追求の対象として市場的な条件によって左右されてはならない。社会共通資本の各部門は、職業的専門家によって、専門的知見にもとづき、職業的規範にしたがって管理・維持されなければならない。」(同書 4-5頁)

 

「社会的共通資本は自然環境、社会的インフラストラクチャ―、制度資本の三つの大きな範疇にわけて考えることができる。自然環境は、大気、水、森林、河川、湖沼、海洋、沿岸湿地帯、土壌などである。社会的インフラストラクチャーは、道路、交通機関、上下水道、電力・ガスなど、ふつう社会資本と呼ばれているものである。・・制度資本は、教育、医療、金融、司法、行政などの制度を広い意味での資本と考えようとするものである。」(同書4ー5頁)

 

「制度資本は、社会的共通資本の機能、役割を考えるとき、重要な意味を持つ。そのなかで、特に大切なのは教育と医療である。

教育は、一人一人の子供たちがそれぞれもっている先天的・後天的能力、資質をできるだけ育て、伸ばし、個性ゆたかな一人の人間として成長することを助けようとするものである。他方、医療は、病気やけがによって、正常な機能を果たすことができなくなった人々に対して、医学的な知見にもとづいて、診察・治療をおこなうものである、どちらも、一人一人の市民が、人間的尊厳を保ち、市民的自由を最大限に享受できるような社会を安定的に維持するために必要不可欠なものである。人間が人間らしい生活を営むために、重要な役割を果たすもので、決して、市場的基準によって支配されてはならないし、また、官僚的基準によって管理されてはならない」(同書6頁)

 

経済のことは、まったくわからないのですが、社会的共通資本の重要性をみんなが認識して、それが資本主義の競争原理になじまないものであることも認識して、社会的共通資本にあてはまるそれぞれの分野の専門家が、みんな、宇沢先生のように高い専門的な能力と、自己の利益ではなく、公的な、全体の幸せを願う高い倫理観を兼ね備えて、それぞれの専門分野で、市場原理に支配されず、かといって官僚的な組織に画一的に支配されるというのでもなく、自主的な裁量の余地と権威をもって能力を発揮できるようになればいい、この社会が将来目指すべきところは、そういうところなんだろうな、と思いました。また、宇沢先生が、第一章で、ローマ法王の回勅「レールム・ノバールム」(1891)の「資本主義の弊害と社会主義の幻想」という言葉と、「新しいレールム・ノバールム」(1991)の「社会主義の弊害と資本主義の幻想」という言葉に触れつつ、「資本主義化社会主義化、という問題意識を超えて、人びとが理想とする経済体制は何かという問題提起が、ローマ法王によってなされたことに対して、私たち経済学者は、謙虚に、また誠実に対応しなければならない」(同書17頁)と書いておられるのも、印象的でした。凝り固まった主義にとらわれず、ひたすらにより高いもの、より善い在り方を希求する宇沢先生の人間としての立派さと人間社会の現実や圧力におもねらない、学者としての精神の自律や矜持がにじみ出ている気がしました。

 

宇沢先生は、この本で新古典派理論がその前提からして現実的ではない、つまりは虚構にもとづいて構築されているということを解説しておられて、第1章でその新古典派がケインズによって批判されつつも、そのあと「歴史の捻転」が起こり、「マネタリズム、合理主義経済、サプライサイドの経済学、合理的期待形成仮説など」として、つまりは「多様な形態をとっているが、いずれも新古典派経済理論の理論前提にもとづくもの」として復活して力を持っていると指摘しておられます。これらの「共通の特徴としてあげられるのは、理論的前提の非現実性、政策的性向の反社会性であり、市場機構の果たす役割に対して、その正当性を前提とし、強調する理論的性格をもっている」(同書42頁)としておられます。

自分には、専門的な経済のことはわからないけれど、世界を構成しているひとりひとりの倫理感が、よい社会を支えているし、これからも支えうる要なのではないかということを想いました。そして、非常勤んで小学校の教師をしている最愛の息子が、精神革命は教育からだと言っていたことにも、あらためて、宇沢先生の本を読みつつ、納得したのでした。

今日も、良い一日になりますように!

二度目の終のひとつまえのお家さがしと、はじめて購入したZINEとの1ヵ月と

5月の末に、再び、定年を一年後に控えた主人と、神奈川県のH市の空き家さんたちを見て回りました。前回は、初めてだったので、一軒一軒のおうちのこれまでの歴史を想像したり、ここに住んだらどんな生活になるんだろう、というような思いを膨らませすぎて、結局どこにも住むことがないことが、なんだか悲しかったので、今回は、見学するどのおうちも、主人がよほど気に入らない限りは実際に自分が住むことはない、「ただの参考の物件」なんだと自分に言い聞かせて、みて回りました。雨の日だったので、前回のように富士山は見えなかったものの、畑の向こうに見える山から雲が湧いている光景がとても神秘的でした。不動産屋さんによれば実際に出雲神社というのがその近くにあるとかで、こんなところに住んだら素敵かなあ、とまたまた妄想が膨らんでしまったものの、どの土地も駅やスーパーからそれなりに遠くて、これから年を取る自分たちシニア夫婦が、そもそも地方の空き家に住むことは難しそうだなあと、前回よりも状況を冷静に見れたような気がしています。主人は「うちは本が4000冊あるのですが、床は大丈夫でしょうか」みたいなことを、各家で不動産さんにたずねていました。「パパの本って、1000冊くらいですよね。アプリで管理しているから数は正確に把握しているのでは」と尋ねると、「奥さんはその3倍は持っているだろ。だから全部で4000冊あるはず」とのたまっていました。そうなのかな。数えたことないのでよくわからないけれど。ちなみに、自分のは、放送大の学生時代から、主婦で図書館にこもれない自分が子育てしながら哲学を勉強するには本が家にないと無理、と悟って、少しずつ30年かけて買い足してきた哲学書、思想書、宗教書、そして語学の本で、趣味の本といえば子供の頃から大好きな和田慎二先生のマンガの本とか、これも子供の時から好きなブロンテのジェーン・エアとか、岩波文庫の平家物語や枕草子、ディッキンソン詩集など黄色やピンクの帯の古文や古典などのわずかな文学書でございます。そんなこんなで家に帰ると、ブログの告知を見て興味を持ち、ドキドキしながら購入を申し込んであった人生初購入 のZINEが届いていました。

平野明さんという、自分よりも30歳も若い、何なら自分の娘よりも10歳も若い、素晴らしい読書家の劇作家の方の制作された、ZINE。各ページにまず、いろんな著作からの引用文があり、めくると、平野さんによる、その書物の解説文が読めるという、素敵な構成の作品。メモ帳のように上を閉じてあるためにまず各著作の文章と先入観のない白紙の状態でであい、それをしっかり読んでから、解説をめくって平野さんの文章を眼にすることができる絶妙な装幀の仕方も、しっかりとした紙の質も、バッグに入れて持ち歩ける小ぶりのサイズも、とても素敵で新鮮な本。これが、ZINEという、作り手が自由に作る、あたらしいかたちの本なんだ、と、はじめてのZINEを手にして、うれしくなりました。それから、一か月。ずっとカバンに入れて持ち歩き、少しずついろんな場所で読んで、昨日、高松発の高徳線の電車の中でアレナスという見知らぬ人の自伝の中の文章を読み、夕方には、高松の実家の近くのモスバーガーの席に座って、窓の外の街路樹のイチョウが、冬には強剪定されて見るのがつらい状態だったのが、初夏になってがんばって緑の葉を茂らせている姿を眺めながら、ついに「おわりに」まで読み終えたのでした。

これまで自分が読んだことのない新鮮な文章たちの中に、ひとつだけ、よく知っている文章が最後から二つ目のところに引用されているのをみつけて、なんだか、ほっとして、温かな気持ちになりました。新約聖書からの引用でした。ずっと交わらなかった二つの線の交点をみつけたような感じ。解説文の、「だってペトロの世界はイエスなのだから」という文章を読んで、そうそう、そうですよねえ、と思っているうちに、なぜか、涙があふれてしまいました。思いがけない場所で、主イエスの言葉に出会えたからですかね。シニア世代の自分から見ると、このZINEは、新しい世代、新しい世界、新しい才能、新しい知性、新しい本のスタイルを教えてくれる、玉手箱のようでもあり、それでいて、才気ある若い女友達のようでもあり。この一か月、一緒に過ごしてくれて、ほんとうにありがとう。最愛の息子が結婚して出て行ってから、若い知性との、「こんな本を読んだよ」とか「こんな文章に出会って感動したよ」とかいったなにげない会話に飢えていたことに、あらためて、気づかされました。その空虚を、この小さな素敵なZINEが、ひとときのあいだ、埋めてくれたような気がします。このZINEは、もっと若い、著者と同世代の読者を想定しているかもしれないけれど、それでも、こんなに素敵な文章を書く平野明さんなら、どんな年齢層の読者も、それなりに受け入れてくれるはず、と勝手におもってしまっています。How to Write,How to Write | meihirano 世に生み出してくださって、ほんとうにありがとうございました。またいつか、というかすぐにだろうけど、読んだ内容を忘れた頃、再びバックに入れて、一緒に旅をしたいな、とおもっています。「書く」とは、いったいどんないとなみなのか。余韻に浸りながら、心の中で平野さんの解説文とくりかえし対話しながら、しばらく、考えてみたいです。ハイデガーならば、日常の生活の中で気づかれずに隠れている存在の真理を作品の中に込めているものが、文学の言葉なのだ、自分に呼びかけてくる存在の呼び求める促しの声に、静かに、自分の心のおしゃべりを沈黙させて透明になって耳を傾けて、そうしてうけとったわずかなものを言葉へと齎すことが、書くということだ、って言うのでしょうか・・。そう考えると、自分の書いているものは、どのくらい、自分のくだらないおしゃべりの割合が高いんだよ、って自分でつっこみを入れたくなります。アリストテレスの『詩学』の悲劇諭ではないですが、個別的・具体的でありながら、そこに普遍的なもののやどるような、そんな作品を生み出すことが、少なくとも、エッセイや、自伝や、小説なんかの場合の「書くこと」の意味なのかなあなどと、How to Write | meihirano との脳内対話を続ける自分なのでした。

いつか訳してみたい本たち

ついに、50歳最後の一年がスタートしました。最愛の息子が、忙しい中、仕事帰りに吉祥寺に来てくれて、紫陽花の咲き始めた神田川沿いも一緒に歩けたし、一緒に公園を散歩して、お弁当食べて、おまけに駅ビルの地下のフラワーカフェでお茶とデザートまでご馳走してもらい、息子とその奥様からの心のこもったカードをいただき、最高の誕生日祝いとなりました。ありがとう、ありがとう、ありがとう!!

フラワーカフェの「今月の花」はシャクヤクさんで、たくさんガラスの花瓶に生けてあって、ほんとうにきれいでした。家に帰ってパソコン横のはせくらみゆきさんのカレンダーをふと見上げると、なんと、薔薇だと思っていた今月の花の絵も、シャクヤクさんでした。お花の生命の輝きが迫ってくる圧倒的な素晴らしい絵で、大好きだなあと思って今月ずっと見ていたのに、「5月だから薔薇だよね」という思い込みで、今まで気づかなかったとは。反省。ごめんなさい、シャクヤクさん。

 50代の最後なので、この一年、悔いのないように哲学の勉強ができればいいなとおもっています。それと同時に、いい機会なので、これまで読んだ本の中で、いつか、訳せたらいいなあと思っている本を、備忘のために、ここに書いておきたいと思います。

①カール・ラーナー『世界の中の精神』。20世紀の偉大なカトリック神学者が書いた、トマスの認識論についての哲学研究の本。今は亡き、アメリカの代母さん(カトリックに改宗する時に、手助けしてくれた方)に昔、「いつかラーナーを訳したい」と手紙に書いたら、すごく喜んで励ましてくれたのに、とうとう、実現できないままで、天国の彼女に申し訳ないなあと、ずっとおもっているのですが、ドイツ語の力も、ラテン語の力も、哲学の基礎的な力も不足していて・・。出版できなくてもいいから、いつか、さいごまで訳を完成させられたらいいな。

②カール・ラーナー『言葉を聴く者』これも、同じ著者の本。いつか、訳せたらいいなあ。

③Sallie McFague The Body of God  エコロジー神学の本。著者は、フェミニズム神学から出発した女性神学者らしい。読んで、とても好きだな、とおもったので、いつの日か、訳せたらいいな。同じ著者の、もう一冊の、エコロジー神学の本もとてもよかったけれど、どちらかと言えば自分はこちらを訳してみたいなあ。

 

④Edith Stein  Potenz und Akt Studien zu einer Philosophie des Seins

アウシュヴィッツで亡くなった、女性哲学者のトマス研究の書。可能態と現実態、というテーマがそれ自体、とても好きなので、いつか訳せたらいいなあ。

 

というわけで、以上を、70歳までの遠い目標にして、まだあと少しだけ、勉強を続けていけたら、と願いつつ、こう願っていたことも書いておかないと忘れそうなので、書かせていただきました。そもそも、本一冊分の翻訳って、どうやってやるのかさえも知らないのですが、(共訳とか、雑誌に載る論文の翻訳は依頼をいただいてさせていただいたことがあるのですが、版権のこととか、自分でゼロからやったことは一度もない)それ以前に、訳の原稿をこしらえられるように、がんばりたいです。

今日も、みなさまにとって、いい日でありますように。

 

 

VernunftとVerstandあるいは理性と悟性のねじれの謎ーー坂部恵『ヨーロッパ精神史入門』第18講を読んで

先週、最愛の息子に、自作の新作絵本を読ませてもらいました。宇宙で一番素晴らしい絵本だとおもって勝手にわくわくしました。3月で小学校教師をやめて、と言っても同じ学校で講師をしながら絵本作家を目指している彼の絵本が、たくさんの子供たちに読まれる日が来るとといいなあと、願わずにいられません。彼の創作の際は、一瞬で絵本の最後までが浮かぶのだということなのですが、知性にも、そういう、いっぺんにパーッと見える直観的な知性の働きと、ひとつひとつ論理をたどって論証していくようなタイプの知性の働きと、両方の知性の働きが存在していて(しかも細かく分けると5つとか6つとかになりそうなくらい)、哲學でもいろんな呼び方をしたりとかしているなあと思うのですが、そのなかで、最近、どうなっているんだろう?と気になっていることがあります。それが、表題の、VernunftとVerstand,とドイツ語で呼ばれている知性のことです。

先日、一緒に読書会をしていて中世のトマスの「能動知性」の話になった時、K先生が、1990年の学生時代に坂部恵先生の授業に出ていた時の  ノートを見せてくれて、「この内容は今では本になっているよ」と教えてくれたので、坂部恵著『ヨーロッパ精神史入門』をアマゾンで購入し、18講の『理性と悟性」を読みました。136頁には、表で説明があるのですが、自分の拙い読解力では、カントでは理性Vernunft がラテン語ではratio,、悟性Verstandがラテン語のintellectusにあたるとなっているように思われ、これって、どいういうことなのだろうと、疑問におもってしまったのです。というのも、渡邊二郎先生が執筆している『岩波哲学・思想事典』の「理性」の項目には、「・・ラテン語の独訳において問題が生じた。ノートカー、エックハルト、ルター、ドイツ神秘主義者たちは、・・低次の論証知ratioを、理性Vernunftと訳し、高次の理性知intellectusを悟性Verstandと訳したのである。・・これが改められて、両独語の位置が逆転せしめられ、ロゴスやヌースやイデアを重視するギリシアの伝統に即して悟性よりも理性を高次のものとする考え方を明確化させたのが、カントであった」(同書1674-5頁参照)とあり、とすると、カントが理性Vernunftを悟性Verstandより上位においている、ということはたしかに両者に共通するけれど、それって、カントが高次の理性知を論証知の上に置いている、ということなのか、それとも?って考えると、この二つの記述が両立するのか、よくわからなくなって、混乱しているのです。考えて考えて、たぶん、カントは、最初はそれまでのドイツの訳し方に従って、Vernunft=ratioとかにしていて、『純粋理性批判』の時期にはVernunft=intellectusという使い方に変えたのか?とかおもったりもしたのですが、カントにはまったくの素人である自分には、よくわかりません。トマスもカントも、いちおうは自分もわずかな書物だけですが原語で読んだことはあって、そのおりの自分なりの読書経験からすれば、批判期のカントの理性はintellectusのように思えるのですが、なにしろ素人の上に、短期記憶さえもあやしいので、高名なカント学者の先生たちの本の内容の正しい理解の仕方が、ほんとによくわかならいで、悩んでいます。いつか、解決できる日は来るのでしょうか・・・?ここに記しておかないと、疑問におもったことさえも忘れそうなので、備忘のために、書かせていただきました。

今日も、良い日でありますように!